幼少だった第二次世界大戦中、家族、及び数千人の日系米国人と共に強制収容所に収容された経験を持ち、後にカリフォルニア州選出下院議員(民主党)として10期を務め、ビル・クリントン元大統領とジョージ・ブッシュ元大統領の下で閣僚を務めたノーマン・ミネタ氏(Norman Y. Mineta)が5月3日、メリーランド州の自宅で逝去した。90歳であった。ミネタ氏が幼少時代に強制収容所に収容されてから40年後、同氏が議員として共同草案した1988年市民自由法(Civil Liberties Act of 1988)がレーガン大統領によって署名して法制化され、強制収容された日系米国人の生存者及び子孫に2万ドルの支払いと正式な謝罪が行われた。1994年に共和党が下院の主導権を奪回した後、ミネタ氏は議員を辞め、ロッキード・マーティン社(Lockheed Martin)の幹部となった。2000年には商務長官(Secretary of Commerce)として政府に戻り、日系米国人として初の閣僚となった。クリントン政権の最後の半年を務めた後、ブッシュ政権下で運輸長官(Secretary of Transportation)を務め(2001~2006年)、共和党政権で唯一の民主党閣僚となった。
New York Times “Norman Y. Mineta, First Japanese American Cabinet Member, Dies at 90″ (5/3/22)